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「ビッグボス」がいなくなった日|林正之助会長の逝去・吉本興業のターニングポイント

竹中功

著者:竹中 功

1959年大阪市生まれ 1981年吉本興業株式会社入社後、宣伝広報室を設立、『マンスリーよしもと』初代編集長、よしもとNSCの開校に携わる。よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務取締役、よしもとアドミニストレーション代表取締役などを経て2015年7月退社。
現在は作家として謝罪関連から、広報、コミュニケーションの専門家としての出版多数。また講演会やセミナーを通してビジネス人材の育成や危機管理、広報、メディアリレーションなどに関するコンサルタント活動を行う。
https://www.mdnboys.com/profile

本サイトは竹中 功氏による著書「吉本興業史」の内容を、著者及び株式会社KADOKAWAより許諾を得て一部掲載しています。お買い求めは上記リンクが便利です。
※ 図版・テキストのレイアウト・表現など、本書と本サイトの内容は一部異なる場合があります。

「お家騒動」に巻き込まれた中田カウス

 2009年(平成21年)1月9日に起きたのが、中田カウス襲撃事件だ。

 念のために書いておけば、中田カウスとは、漫才コンビ、「中田カウス・ボタン」のボケ担当である。コンビ結成は1967年(昭和42年)なので、芸歴は50年を超える。デビュー当時はマッシュルームカットにジーンズといった姿で舞台に上がり、漫才界にファッション革命を起こした。若い女の子たちにウケるネタも得意で、漫才界では最初のアイドル的存在になっていた。告白すれば、私が小学生の頃、人生ではじめてサインをもらった芸能人がカウス・ボタンだった。いまはもちろん、アイドル時代の面影はない。どちらかというとコワモテのベテラン芸人の部類に入る。令和になってすぐに70歳になった漫才界の重鎮である。

 そのカウスが助手席に乗るベンツが信号待ちをしていたとき、フルフェイスのヘルメットをかぶった男が突然、近づいてきた。そして、いきなり金属バットを振り回し、窓ガラスを割ってカウスの頭を殴打したのだ。

 突然のことだった。

 とはいえ、カウスの周辺は事件以前から騒がしくなっていた。
 吉本興業という会社が、明治や昭和の体質を脱して新しい時代に合った組織に生まれ変わろうとしていた中で「お家騒動」が起き、カウスも巻き込まれていたのだ。

林正之助会長の逝去

 まず振り返っておけば、ビッグボスとして君臨していた林正之助会長が心不全で亡くなったのが、1991年(平成3年)のことだ。

 吉本の歴史にとっては、大きなターニングポイントである。

 この人の存在はそれだけ大きかった。正之助会長の葬儀・告別式は、社葬として、なんばグランド花月(かげつ)で行われた。「笑いの殿堂」で葬儀を行うのは異例のことであり、匂いがつかないようにと線香は()かない配慮がされた。

 劇場の一階は政財界やマスコミ関係の人たちで埋まり、芸人やタレントたちは二階に入った。各界の大物の顔が見られ、参列客は約二千人にのぼった。

 漫才ブームを牽引(けんいん)した「横山(よこやま)やすし・西川(にしかわ)きよし」の横山やすしにとっても、正之助会長は特別な存在だった。正之助会長に「育てられた」という思いが強かったのだ。にもかかわらず、身辺に問題が相次いでいたことから、1989年(平成元年)に契約を解除されていた。吉本発展の功労者でありながら、吉本から契約解除された数少ない芸人の一人になっていたのだ。吉本を離れたあとも映画に出演するなど、完全に芸能界から退いたわけではなかった。しかし、誰だかわからない相手から暴行を受けて体を悪くするなど、不遇の晩年を過ごしていた。

 会長の葬儀には、一人でこっそりと会場に現われ、二階席で泣き崩れていた。

「キー坊(西川きよし)と三枝(さんし)(現・桂文枝(かつらぶんし))が司会しとるけど、ほんまはわしがあそこにおらんといかんのに……」と嗚咽(おえつ)していた。

 会場を中座したやすしはすっかり()せて体を弱らせており、その姿をマスコミに撮られたくなかった。そのため劇場の外でマスコミ対応をしていた私は、記者を寄せつけないようにしながらやすしを肩に担ぎ、会場から離れたところに停めていた車まで送っていった。

 やすしの話は本題には直接関係ないが……。それだけ大きな影響力を持つ人が平成に入ってすぐに亡くなったということだ。

 屋台骨を失った吉本はここから揺れ動いていく。

 即座に騒動が起きたというよりは、組織にきしみが生じていたのだ。

試し読みページ一覧

はじめに
日本中を騒がせた二つの記者会見
・宮迫博之と田村亮の闇営業謝罪会見
・吉本の内部事情をさらけだすよな2時間半
「ビッグボス」がいなくなった日
・「お家騒動」に巻き込まれた中田カウス
・林正之助会長の逝去
「創業家当主」が起こした、お家騒動
・林マサ氏によるお家騒動
・中田カウスとマサ氏の関係
・キナ臭かった当時の吉本
「血だらけ」になっていた中田カウス
・未だ犯人の判明しない中田カウス襲撃事件
・襲撃を受けた中田カウスのその後
TOBにより林家、暴力団関係者と決別
・吉本興業の改革/創業家の排除
島田紳助の後輩への想い
・一世を風靡した島田紳助/島田紳助の引退
大﨑洋の「紳ちゃん……、ごめんな」
・波紋を呼んだ大崎の発言/大﨑の心中
「吉本興業vs講談社」という図式
闇営業騒動の余波
・カラテカ入江の契約解除
・加藤浩次と田村淳の独立
デビュー前のダウンタウン物語
NSC一期生という「ファミリー」
和会系暴力団組長の誕生パーティ出席事件

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