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最後の最後に投げかけられた、イチローからの「問い」

三井康浩

著者:三井 康浩

1979年(株)読売巨人軍入団 1984年ドクターストップにより現役引退 1986年巨人軍二軍マネージャー 1987年スコアラー(一軍) 2011年査定室長 次長 2013年統括ディレクター 2017年編成本部参与 2018年12月末尾巨人軍退団 現在は講演会、講座、野球教室などを行っている

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本サイトは三井康浩氏による著書「ザ・スコアラー」の内容を、著者及び株式会社KADOKAWAより許諾を得て一部掲載しています。お買い求めは上記リンクが便利です。
※ 図版・テキストのレイアウト・表現など、本書と本サイトの内容は一部異なる場合があります。

 そしてたどり着いた、3月23日の決勝戦――。この大会で5度目の戦いとなった韓国代表とのロサンゼルスのドジャースタジアムでの決戦です。

 この試合を前に、わたしは具体的な指示を出すことをやめました。なぜなら、これまで4度も戦ってきた韓国の選手たちの特徴は、完全に選手の頭のなかに入っていたからです。もちろん韓国は強く、死闘を避けられないとわかっていました。新たな情報を選手にインプットし、さらなる理論武装をして戦うことも一考してはいました。

 でも、ここにきての付け焼き刃の入れ知恵よりも、日本代表メンバーが大会を通じて見せてきたことを信じるべきだと思えたのです。選手が自分たちの頭で考え、グラウンドでヒントを見出(みいだ)し、攻略に結びつける──スコアラーが出してきた指示は、あくまできっかけでいいのです。実際にボールを投げ、打つ選手たち自身が自律的に正解を導き出していくことこそ、理想形なのですから。

 この試合が終われば、自分はスコアラーではなくなる。プロの世界でスコアラーを務める機会はおそらくもうないだろう。それはつまり、自分にとってスコアラーとしての最後のゲームになるかもしれないということを意味していました。だから感傷的になり、理想でものごとを考えたのでしょうか。

 しかし一方で、日本代表チームはすでに「なにかにたどり着けた」という感覚もあったのです。わたしたちスコアラーが届ける、データという必要最小限の〝無形の力〟を、選手たちが〝有形の力〟として増幅させて戦う。そんな理想へと。

シンカーだけ狙っていこう

 試合は予想通り、緊迫したシーソーゲームとなりました。日本代表は1点をリードして最終回を迎えましたが、ダルビッシュ(ゆう)が四球で走者を()めた後、韓国代表の李机浩(イ ボムホ)にレフト前へと運ばれ同点とされます。

 ここから先は、もう〝運〟かもしれない。スコアラーは、〝負けないため〟の手立ては追求することができる。でも、実力が接近した者同士がぶつかりあったとき、どちらに勝利が転がり込むかには関与できないのではないか――。かつて巨人のスコアラーを離れたときに抱いたものと同じ思いが、ここでも再び湧き起こりました。

 そして10回表、3対3。2死で一塁に岩村、三塁には内川。マウンドには、韓国代表のクローザーを務めていた当時ヤクルトの林昌勇(イムチヤンヨン)がいます。

 この決定的な場面で、打席には世界最高峰の打者であるイチローが向かおうとしていました。イチローはこの大会、誰も見たことのないような不振にあえいでいました。準決勝までの8試合で38打数8安打、打点3、本塁打0。打率はなんと、.211。ただ、この決勝戦に限ってはここまで3安打を記録しており、最後の最後に彼らしさが戻ってきていました。もう、イチローのバットに託すしかありません。しかし打席に向かう直前、思わぬことが起こります。大会を通じ、自分からなにかを聞いてくることなどなかったイチローが、ここでわたしに問いを投げかけてきたのです。

「この打席。僕はなに狙えばいいですか?」

「えっ! ここで聞いてくるのかよ……」。心のなかでわたしはそう思いました。本音をいえば、困惑しました。でも、本当に大事な局面で選手に頼ってもらえたわけですし、ましてやイチローからの問いです。スコアラーをしている身としては、なによりもうれしいことでした。

 もちろんそこで感動に浸っているわけにはいきません。わたしはスコアラーとして、打つべき球を答えなければならない。これまで通り、強く、短く、伝えました。

「シンカーだけ狙っていこう」

 そう答えたのは、イチローのような打者に対してもっとも自信のあるボールを投げないクローザーなどいないと思ったからでした。林はキレのいいストレートも素晴らしい投手でしたが、決め球はなんといってもシンカーです。特に、左打者のイチローに対しては外に逃げていく軌道となるため、シンカーはより有効なボールとなるはずでした。

スコアラーとしての運はあるか

 勝負がはじまりました。

 初球は外へのストレートから入る韓国バッテリー。少しシュートしたようにも見えました。イチローは見逃し、わずかに外にはずれ主審がボールをコールします。2球目も力のあるストレートで、インコース膝ひざ付近への球がストライクゾーンをかすめます。イチローは少し体勢を崩しましたがストライクのコール。ここで、一塁走者の岩村がスチールして2死、二、三塁をつくります。

 3球目は初球のような外へのストレート。イチローはここではじめてスイングし、ファウルに。1ボール2ストライクと追い込まれました。しかし、イチローはその技術をもって食らいついていきます。

 4球目は低めの力強いストレートでこれもファウルに。さらに長い間合いを経ての5球目は、低めに制球されたシンカーが投じられます。この対決はじめてのシンカーをイチローはファウルにします。6球目は捕手が中腰になって高めの釣り球を要求しましたが、これも鋭いスイングでカットしました。4球続けて林の力の入ったボールをファウルにするイチローのテクニックが光ります。

 7球目はストレートがアウトコースに流れてボール。この打席では、はじめて様子を見るような軌道を描くボールでした。林も調子を上げているイチロー相手には、簡単に勝負することはできません。カウントは2ボール、2ストライク。わたしはこのボールをしっかりと見送るイチローを見て、「流れが変わった」と心のなかでつぶやきました。

 そして、8球目を迎えます。捕手が構えたアウトコースよりわずかに内側に、そしてわずかに高く入ったボールにイチローが反応します。鋭く出したバットがボールをとらえ、打球はセンターに飛んでいきます。歓声と悲鳴が交錯するなか、内川と岩村が揃って生還し5対3。日本代表は、この一打で世界一を手中に収めました。

 イチローがとらえたボールはシンカーでした。

 わたしのスコアラーとしての運も残っていたようです。

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