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「ケセッキ」はイヌへのものすごい差別語

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著者:黒田勝弘

1941年、大阪生まれ。1964年、京都大学経済学部を卒業後、共同通信社に入社。1978年、韓国・延世大学留学後、共同通信ソウル支局長に。1989~2011年、産経新聞ソウル支局長兼論説委員。1992年、ボーン・上田記念国際記者賞、2005年には菊池寛賞および日本記者クラブ賞を受賞。現在、産経新聞ソウル駐在客員論説委員。著書に『韓国 反日感情の正体』(角川ワンテーマ21)、『韓国人の歴史観』(文春新書)、ほか多数。共著に『金正恩の北朝鮮 独裁の深層』(角川ワンテーマ21)など。在韓40年。

本サイトは黒田勝弘氏による著書「韓めし政治学」の内容を、著者及び株式会社KADOKAWAより許諾を得て一部掲載しています。お買い求めは上記リンクが便利です。
※ 図版・テキストのレイアウト・表現など、本書と本サイトの内容は一部異なる場合があります。

 韓国人の日常会話にしょっちゅう登場する言葉に「ケセッキ」というのがある。誰かに対しちょっと機嫌が悪かったり、何か文句をいいたい時には決まって「ケセッキ!」とつぶやく。ケンカになると大声で「ケセッキ!」とわめく。

 韓国語では、相手を辱める言葉ということで、この種の言葉を「ヨク(辱)」という。いわゆる悪口、ののしり、悪罵(あくば)のたぐいであり、「ケセッキ」はその最もポピュラーなものだが、ただ女性はほとんど使わない。はしたないからだ。

ケセッキの「ケ」はイヌのこと

「ケセッキ」の「ケ」は韓国語ではイヌのことなのだ。
「セッキ」は主に動物の子供のことだから、直訳すると「イヌの子」である。あるいは「イヌっころ」といった感じか。しかしイヌ自体は可愛くて親しいはずだし、イヌの子はもっと可愛いはずなのに、それがどうして女性が使うことをはばかるような悪罵、ののしり言葉になるのか? その秘密がまた酷い。

 悪罵、ののしりに使われるこのケ(イヌ)というのは、つまり「犬畜生」のイヌなのだ。「犬畜生」というのは動物(獣)という意味で、人間に対する非難としてよく使われる言葉である。「犬畜生(獣)みたいなヤツ」という風に、人をおとしめる時によく発される。ではなぜ動物・獣・イヌが人間との比較でさげすまれるのか。

 これはいわゆる〝下ネタ〟的になるのでいささか解説がためらわれるのだが、韓国文化論の一環だからあえて書く。
 イヌつまり動物(獣)というのは、相手構わず〝ヤル〟生き物ということなのだ。そうした行為は、人間ならもっとも人倫にもとるもので、犬畜生しかやらないことというわけだ。したがってここではイヌは、そんな卑しい獣の代表として扱われているのだ。

 これはおそらく儒教思想の影響だろう。イヌを含む家畜を生活上の価値(伴侶?)として評価するより、人間を動物と区別する理性的で倫理観を持った存在と考えるために、その〝獣性〟を強調した結果なのだ。儒教(の理気説)というのは、生活といういわゆる「気の世界」より倫理、人倫など「理の世界」を重視する。儒教ではそれが獣と区別された本当の「人間的」という意味なのだ。

 話が飛んでしまった。イヌとは相手構わずヤってしまう卑しい存在ということで、しかもその子(セッキ)となると、卑しい行為の結果として生まれたわけだから、もっと卑しいということになる。
 そんなイヌに対するものすごい差別的(!)背景をもった「ケセッキ」が、「伴侶」ブームのなかで韓国人の日常会話としていまだ平気で飛び交っているのだ。この両者の共存は、イヌをめぐる大変な矛盾ではないのか。

 そこで筆者は新聞のコラムで韓国社会に対し問題提起をさせてもらった。イヌのペットを人間並みに「パルリョギョン(伴侶犬)」というのなら、同時に〝犬権〟を無視した差別語の塊のような「ケセッキ」を、1日も早く追放すべきではないかと。今のところまだ反応はないが。

冷遇される1958年のイヌ年生まれ

 ところでこの原稿を書いているのは2018年の年末ということで、もう1つ韓国社会におけるイヌへの理不尽な扱いを思い出した。2018年は干支(えと)でいえば「戌(イヌ)」の年だったが、韓国ではこの干支の一回り前である60年前にあたる「1958年のイヌ年生まれ」が、どういうわけか冷遇されてきたのだ。

 韓国語で「58」は「オーパル」で、干支のことは「ティ」といい、イヌは「ケ」だからイヌ年は「ケティ」である。したがって「58年生まれのイヌ年」は「オーパル、ケティ」といって、ことあるごとに人びとの話題にされてきた。
 それも日本でいう「ひのえうま(丙午)」に似て、とくに女性については「気が強い」「嫁の貰もらい手がない」などといって、悪口ないし皮肉、冷やかしなど、総じて否定的ニュアンスで語られることが多かった。

 ただ、これは1958年以来のことだから古くからの話ではない。この60年間のことだ。彼らは2018年にめでたく(?)還暦を迎えたのだが、これまでなぜ悪口をいわれてきたのか。イヌのせいか?

 これには社会的背景がある。韓国において1958年というのは、激動の朝鮮戦争(1950~1953年)が終わった後、やっと世の中が落ち着きをみせていたころで、この年、人びとの間で出産ブームが起きた。58年生まれはベビーブーマーだったのだ。

 同じ年生まれが多いと何事においても競争が激しくなる。食い物の取り合い、受験競争、就職地獄、結婚相手探し……幼いころから競争でもまれたこの世代は、悪くいえば「すれっからし」でよくいえば「たくましい」。女なら「気が強い」が「生活力がある」というわけだ。

 ただこういう場合、プラスマイナス両面あっても、プラスよりマイナスを言揚げして面白がるのが、人のサガである。
 しかし韓国現代史を振り返れば、彼らのガンバリはこの国発展の支えではなかったのか。悪口とはバチ当たりである。2018年のマスコミは、60歳定年で現役を引退する男たちには「ご苦労さま」のエールを送っていたが、肝心の女性には何のあいさつもなかった。

 しかしいずれにしても「オーパル、ケティ」論はイヌにとっては実に迷惑な話である。たまたまイヌ年だったということであって、イヌには何の責任もないのだから。

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